届いた知らせ
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通常だと上旬に貼り出されるアサヒステーション(白河市)の月間ホームラン賞と月間ヒット賞の結果ですが、10月分がまだ貼り出されていないようです。本日確認したところ、先月の状態(↓)と変わっていませんでした。10月分は昨年の10月の結果がまだ残っている状態です。

どうしたんでしょうね? 10月度はヒット賞は少なかったけどホームラン賞は10月11日の時点で6回記録、その後の結果については記憶が曖昧ですが、可能性があるかなと密かに楽しみにしているのですが・・・
11月度は前半は全然ダメでしたが、この週末でホームラン賞が4~5回、ヒット賞が3~4回になったので、こちらも、最低基準(3本以上)はクリヤー、来週末もあるので、11月も可能性はあるのかなと思えてきました。
まあ、まずは、10月の結果が知りたいですね。
・・・ ここから追記です。
11月23日、結果が貼り出されました。嬉しい連続月間ホームラン賞獲得です。なんか催促したみたいで申し訳なかったです。ありがとうございます。24日の通勤日記にこの件を少し書きました。

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美味しいラーメンを食べた後は、腹ごなしというわけで、バッティングセンターに行きました。雪が舞っていたこともあり、ネットが降ろされて使用中止でした。
そこで、ストラックアウトをしてました。これしかないというわけで、かれこれ、10ゲームほどしました。球数にして120球、これだけ投げれば、もう、心も体も満足です。
さて、帰ろうとすると、バッティングセンターのネットをあげておりました。どうやら、使えることになりそうです。そうとなれば、バットも振りたいじゃないですか。そんなわけで、作業待ちの間、店内に入ってみました。ゲーム機が一杯ならんでいます。この手のゲームはしないんですが、ふと目に入った「あしたのジョー」に興味を覚えてしまいました。知的というよりは体力系のゲームですし、私にあっています。
てなわけでチャレンジ。初級なんで、1R、2Rで勝利したのですが、その時点で、既に、両腕は限界でした。そして3R目にしてTKOされてしまいました。それにしても、これだけ、体を使って100円は安いです。
そんなボロボロで息があがった状態で、バッティングを3ゲームこなしてきました。今日は、もういいでしょう。
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スポーツクラブ・・・何と心地よい響きであろう。
そもそも、クラブと名が付くものに縁がなかった自分。団体行動が苦手、奥手、引っ込み思案、天邪鬼・・・そんな困った性格が災いして、皆で集って何かをするというクラブ、特に、スポーツ系には縁がなかった。恥ずかしながら、まともな部活動もしてこなかった。そのことは引け目でもあり、劣等感を感じていた部分でもある。そして、泳げなかったことが、大きな劣等感になっていた。
中学、高校と運動部には縁がなかった。でも、体育の時間が嫌いなわけではなかった。忍者を夢見て、実家周辺の野山を駆け回っていたこともあるのだから。毎日、ジャンプして、前の日より1cm余計に跳ぶことが出来れば、いつか屋根の上にも飛び上がれるものと信じていた。中学3年生の体育では逆立ちで3m歩くことが必須とされたが、それが出来ず、最後の最後で倒れ込むようにしてクリアした苦い思い出もある。
高校1年になって、ふと、そんな苦い思い出がよみがえり、必死で逆立ちの練習をしたこともある。その際に、倒れ込んで、ガラスを割ったこともある。ガチャーンと音がしてガラスを割ってしまったと後悔した。起き上がると、ジーンズの太ももに割れたガラス破片が載っていた。何気なく、ガラス破片をつまんで持ち上げたら、ずぶずぶと音がして、どこまでも繋がっていた。結局、10cm以上も血糊が付いた破片を目にして、初めて、破片が太ももを貫通していたことを知って、背筋が凍った。
動脈でも傷つけていたら、あるいは命を失っていたかもしれない。血管や神経をかすらずに済んだのは、本当に運が良かったのだと思う。今は書かないけれど、自転車で時速40km超で走っていて、直径1cmの鉄棒で左腹をえぐったこともある自分。この手の話には事欠かないが、最悪の事態にならずに済んでいるのが我ながら凄い。
まあ、これだけの痛い目にあいながら練習した甲斐があって、逆立ちはマスターすることができた。当時、50mほど逆立ちで歩くことが出来たし、階段の上り降りもできたし、逆立ちで腕立て伏せを10回はできた。こうして、運動劣等生は、とことんやれば、それなりに出来るようになるということを知る。当時、クラスでスポーツテストをした時のことだが、垂直跳びはバスケ部Sの次に飛べて、50m走・走り幅跳びも陸上部Hの次の記録だった。ひょっとして、自分って頑張れば、何かやれるのかもと少しだけ思った。
それが、一つ形になったのは、大学3年生になって自転車やボーリングと出会ってから。そして、大学院になって、長距離走やサイクルロードレースに出会ってからだ。でも、それは、基本的に個人競技だった。そうした1人の世界から脱却したのは、社会人になってからである。埼玉県朝霞市のカネコイングスを訪ねたおり、オーナーの優しい誘いでレーシングチームに加入した。そして、自転車でのハードな走りにくじけかけた頃、家内に背中を押されて、ソフトボール部に入った。こうして、個人競技からチームや団体競技への関わりを持っていったのだ。
それから、しばらくしてのこと。体に衰えが出てきて、故障したりして、リハビリというか、トレーニングが必要になった。そうして、初めて、スポーツクラブの門を叩くことになる。スポーツクラブをネタに書こうとして、ここまで、前置きが長くなってしまった(笑)。
スポーツクラブでのアレコレはまたの機会に書こう。一番最後のスポーツクラブでの記録は、ここにある。
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今シーズン、初スキーより帰宅した。東北自動車道もところどころ通行止めになるなど大荒れの一日だったが、スキー場は、それほどでもなかったのが救われるところだ。今回は、父が会長を務める大東スキークラブ主催のスキー教室に参加させてもらった。家族4人での参加は3年ぶり、最後のスキーは息子と行った2年前のスキー、どちらも、やはり、今回と同じスキー教室に参加したものだった。
スキーで三世代交流も良いなって思うし、雪道の運転も嫌となれば、このスキー教室への参加は、なかなか都合が良いのだ。行ったのは猪苗代スキー場、お天気が悪いこともあり、フード付きリフトのあるミネロゲレンデの方で滑った。久しぶりのスキー、楽しかったです。家族一緒でも滑ったけど、ほとんどは、レベルが同じぐらいの娘と息子が一緒に、彼らとは違うコースが自分にあっている家内が単独、そして、そのどちらでも物足りない自分と、各々の滑りを楽しみました。
中級レベルなので、、中級レベルのゲレンデで滑っていれば良かったのですが、もう少し、キツイところが良いなと思い、上級レベルのゲレンデに向かってみましたが、これは間違いでした。斜度は34度と問題なく、こぶがあることも分かっていたのですが、かつて見たこぶとは違うのでした。こぶ、クラック、こぶ、クラックのオンパレードで、私のレベルでは滑れるものではありません(写真では分かりにくいと思いますが)。滑り始めて、すぐ、片足のスキーが外れ、バランス崩しこけました。まだ、スピードは出ていなかったので止まれるかなと思ったのですが、片方のスキーを残したまま5mほど下で何とか止まりました。もう片足のスキーを外し、残したスキーを取りに戻るのが、実に大変。膝まで足がめり込む斜面を何とか登って、やっとこさ、スキーを履きなおし、後は、ゆっくり下った次第です。分相応なゲレンデで滑っていれば良かったと後悔した次第です。

そういえば、このゲレンデをイメージしたらしい、赤埴カレー、美味しかったです。辛さで上級、中級、初級がありますが、こちらは、上級で良かったみたいです。
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